ジジってグッズもたくさんあるし、とてもカワイイですよね!
そんなジジの謎について考えます。ぜひ観てください!!
今回は『魔女の宅急便』から主人公キキの相棒、ジジについての考察記事です。
かつて中高生だったあなた
今まさに思春期真っただ中です!というあなた
ちょっと最近うまくいかない…と悩んでいる方
が読めば『魔女の宅急便』が共感できる話になると思いますので、
ぜひ最後まで記事を読んでみてください!
目次
原作にはジジがしゃべらない設定はない
主人公の魔女キキと相棒の黒猫ジジは会話ができます。
しかし、ある日突然キキはジジの声が猫の鳴き声にしか聞こえなくなってしまいます。
その聞こえない状態は映画が終わるまで続くのですが、
この設定は角野栄子さんによる児童書の原作には出て来ません!
ではなぜ、宮崎駿監督はジジを喋れなくさせたのでしょうか?
仮説①「キキが魔法を使えなくなったから」
「魔法」はみんなが持っているもの
作中で、キキは自分の唯一の取り柄と思っていた空を飛ぶ魔法が使えなくなってしまいます。
まるで、スポーツで言うスランプのように…
そう。「魔法」は、観ている人たちから遠い存在ではないのです!
いや、実際には「魔法」は使えないんですが、
「魔法」=「その人の強み」
に置き換えて考えると話が分かりやすくなると思います。
魔法は復活するけれど、ジジはしゃべらない
キキは魔法が使えない「スランプ」になりますが、
ジジと会話ができなくなるのも同じ時期です。
つまり、魔法でジジと喋ることができるとしたら、
魔法が使えなくなれば喋れなくなるのは自然ですよね。
実際に、この理由でジジは喋らなくなったと思っている人も多いのではないでしょうか?
でも、それだと違和感のあるシーンがあります。
物語の最後にトンボを助けようという想いからキキの魔法は復活します。
でも、最後のシーンでもジジはネコの鳴き声を出してますよね。
ここで辻褄が合わなくなってしまうのです。
空を飛ぶ魔法だけが戻ったと考えてもいいですが、何となく腑に落ちません。
仮説②「ジジが恋をしたから」
キキとジジの心の距離が開く
これも、二人が会話をできなくなる少し前のシーンです。
ジジはとなりの家の白猫リリーが気になり始め、いそいそと出かけるようになります。
そして、次第にジジはキキの相手をあまりしなくなる。
こうして二人の距離が開いてしまったから、ジジが何を言っているか分からなくなったのでは?
という仮説です。
仲は直るけれど、ジジはしゃべらない
しかし、この仮説も矛盾してしまいます。
これまた先ほどと同じくラストのシーン。
ジジがキキにすり寄っていき「ナー」と鳴いています。
仲直りしたように見えますが、やはりジジは喋ってはくれません。
先ほどと同じ展開ですが、ここで「あえて」ジジに鳴かせている意味があるはずです。
仮説③「ジジは最初からしゃべってない」
『夢と狂気の王国』というドキュメンタリー映画の中で宮崎監督はこう言っています。
何か得るものがあるから失くすものがあるんだよ。いつまでも猫と話してんじゃねえ。
どうもジジではなく、キキが何か変わったことに原因がありそうですね。
そもそも二人はなぜ会話をしているのか
ここで、ジジではなくキキというキャラクターにスポットを当ててみます。
キキは『魔女の宅急便』以前に宮崎映画に登場した「ナウシカ」や「シータ」のように、
ある種達観をしていて、自分のなすべきことをします!という性格ではありません。
キキは思春期真っただ中で、些細なことでもモヤモヤしてしまう普通の女の子です。
トイレに行くのも恥ずかしくてコソコソ…
というシーンもありますよね。
アニメ映画である観点から考えたときに、
モヤモヤをキキの心の声としていくと、全く動きがないんですよね。
マンガであれば、あるいはそれでも良いかもしれませんが。
それで、ジジとの対話という形にすることで動きを生んだのではないでしょうか。
つまり、ここでの仮説は「最初から喋っていない」というと少し誇張していますが、
「ジジの言葉はキキのモヤモヤの投影なのではないか」
という仮説が、あにますの思うジジの喋る理由です。
キキの自立で、ジジはしゃべる必要がなくなった
つまり、ジジが喋れなくなったのではなく、
キキが色々な経験をしていく中で思春期を抜け、自立したことで喋る必要がなくなった。
というのが、この記事での結論です。
記事を読んだみなさんは、キキとジジとの会話を、一人の女の子の自問自答として観てください。
そうした時に、「一見すると全然普通ではない空を飛ぶ魔女のキキ」に共感ができると思います。
そこに共感があるからこそ、公開から20年以上経った現代でも、
『魔女の宅急便』を観る価値があるのではないでしょうか?